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茅野市市章 茅野市 住所 〒391-8501 長野県茅野市塚原二丁目6番1号
TEL 0266-72-2101(代表)
FAX 0266-72-9040(代表)
URL http://www.city.chino.lg.jp/
八ヶ岳の自然、人、技、歴史が織りなす やさしさと活力あるまち
 

[茅野市の沿革]
 当地は、遠く数千年のむかし、尖石など縄文文化の栄えた時代にはじまり、古代はこの地に大和朝廷による東山道の開通、東北蝦夷(えぞ)征討の信濃軍団基地や、朝廷の御用馬を供給する勅旨牧として山鹿の牧がおかれた。
 さらに古代から中世には諏訪大社上社前宮に諏訪大祝(おおほうり)が館(神殿)を構え、諏訪一円の祭政の中心となり、鎌倉街道も通ずるなど諏訪地方の政治・経済・交通・文化の中心地になっていた。

 降って戦国時代となり、一時諏訪氏の領有をはなれ、武田氏が上原城(ちの)を拠点として諏訪地方一円を統治したが、慶長6年(1601)ふたたび諏訪氏の手に帰し、甲州街道が開かれ金沢は宿場町となり、江戸時代260余年間には多くの新田村がうまれた。

 明治4年(1871)7月、廃藩置県により高島県に属し同年11月高島県が統合され筑摩県の管下になり、明治7年には永明・宮川・金沢・玉川、同8年には湖東・豊平・泉野・北山・米沢の各村が組織され、明治22年町村制の施行により自治行政の基礎が確立された。 
 その後、明治38年11月中央線(富士見・岡谷間)の開通をみるにいたり、これらの交通の発達とともに八ヶ岳山麓の開発もめざましくこの地方の産業文化も発展の一途をたどった。

 昭和23年永明村は町制を施行し、ちの町と改称また昭和30年2月1日町村合併促進法に基づき、1町8カ村が合併して茅野町を設置、昭和33年8月1日市制施行により、現在の茅野市が誕生した。


[みんなでつくる みんなの茅野市]
 茅野市は、平成15年12月に「茅野市パートナーシップのまちづくり基本条例」が市民の皆さんの手作りにより策定されました。
 この条例の特徴は、これまで市民、民間団体が主体的に活動してきた実績を踏まえ、まちづくりの合意形成が具体的にどういう手続きや仕組みでされるのかということを明記した点にあります。現在、地域福祉、生活環境、教育・文化、国際化、情報化の分野を柱とする市民と行政とのパートナーシップで進められています。私たちのまちづくりの基本的な考え方は、市民力(自助)、地域力(共助)、そして 行政力(公助)の3つの力を高めながら、その力を絆とし、「人も自然も元気で豊か 躍動する高原都市」をめざして「ひとが輝き」、「みどりが輝き」、「まちが輝く」まちづくりに取り組んでいます。


[文化の香り漂う観光のまち]
 本市は全市域のうち四分の3が森林で、車山高原、白樺湖、蓼科、蓼科中央高原、奥蓼科、八ヶ岳、晴ケ峰等の観光地を抱え、毎年350万人もの観光客をお迎えしています。特に美しい四季の変化に富んだ蓼科高原は小津安二郎監督を始め多くの文化人の別荘があり、文化の香り漂う高原リゾートとして発展してきました。国においても、観光立国推進基本法のもとに観光に力を入れています。
 茅野市でも、ヒューマンツーリズムを基軸とする国際競争力の高い魅力ある観光地を目指します。


[5000年の眠りから覚めた土偶たち]
 この八ヶ岳西南麓地域は、約5000年前、縄文王国にふさわしい豊かな文化が栄えていました。市内にはこの時代を代表する国指定特別史跡「尖石遺跡」、国指定史跡「上之段遺跡」、「駒形遺跡」など二百か所以上もの遺跡が発見されています。
  また、「縄文のビーナス」の愛称で呼ばれる土偶は、「縄文時代の精神文化を考えるうえで傑出した文化遺産」と評価され、平成7年に日本最古の国宝に指定されました。さらに平成12年には「中ッ原遺跡」から国内最大級の完形の仮面土偶(愛称:仮面の女神)が出土し、平成26年に国宝に指定されました。

市花:りんどう 市木:白樺 横谷観音から渓谷を望む
横谷観音から渓谷を望む
見所など 観光地 八ヶ岳 縄文文化 地域伝統
観光地
「車山高原」~天に青空、地に高原の花、眼前に広がる大パノラマ~
「車山高原」
~天に青空、地に高原の花、眼前に広がる大パノラマ~
 朱色のレンゲツツジが手招きする春、ニッコウキスゲのレモン色が小粋に揺れる初夏。青く澄んだ自然のキャンバスに訪れた季節の色と香りがあふれます。空に続く高原を駆け登ると、日本百名山の中でも「遊ぶ山」の代表格と謳われている霧ヶ峰高原の主峰、車山山頂。そこには、日本アルプス、富士山、八ヶ岳連峰を望む360度のパノラマが広がっています。トレッキングに最適な夏、スキーヤーが白銀のゲレンデに飛び込む冬・・・。四季折々自然美と楽しさで心を魅了するリゾートエリアです。
「白樺湖」~四季折々、花に湯に、遊びにあふれる湖畔のリゾート
「白樺湖」
~四季折々、花に湯に、遊びにあふれる湖畔のリゾート
 ビーナスラインのほぼ中央に広がる白樺湖は唐松や白樺の美しい緑と可憐な草花に彩られた高原の湖。抜けるような青空から降り注ぐ陽光、なめらかに湖上を渡る涼やかな風、四季折々に美しい風情を楽しませてくれる湖のほとりにはリゾートホテルやスーベニアショップが建ち並びます。また、遊園地をはじめ、美術館、温泉、パターゴルフコース、テニスコート、スキー場などファミリー、グループにぴったりな遊びやアクティビティがぎっしり。ボート遊びなど湖上での楽しみも様々に一年を通じて楽しめるリゾートエリアです。
「蓼科」~文人墨客が愛する保養地に、湧く名湯と彩る名勝~
「蓼科」
~文人墨客が愛する保養地に、湧く名湯と彩る名勝~
   雄大な八ヶ岳の山麓で蓼科湖を中心に静かに時間を積み重ねてきた本格的なリゾートエリアです。自然美に魅せられた著名人も数多く、軽井沢と並ぶ避暑地として親しまれ、豊かな芸術、文化が育まれてきました。ピラタス蓼科ロープウェイやバラクライングリッシュガーデンなどの観光施設だけでなく名湯の誉れ高い温泉地としての歴史も古く、別荘や保養所、ホテル、ペンションなどが建ち並びます。心と体を優しく癒す、大きな安らぎに満ちたヒーリングスポットです。
「蓼科中央高原」~新緑、紅葉、豊かな風情が漂う、麗しき街道と渓谷~
「蓼科中央高原」 ~新緑、紅葉、豊かな風情が漂う、麗しき街道と渓谷~
 標高2,200mを走る国道299号線の自然は、メルヘン街道の名前から連想されるとおり、彩り豊か。フィトンチットいっぱいの澄んだ空気にいつの間にかお腹もいっぱいです。紅葉が美しい横谷渓谷は、王滝、乙女滝などの滝や鷲岩、屏風岩などの奇岩、巨岩を巡るトレッキングコースとしても人気があります。渓流を眺める露天風呂や、ハーブ風呂などもあり、詩情豊かな森に広がる清涼感あふれるスポットです。
「奥蓼科」~静寂が支配する深い緑に包まれた、伝説の隠し湯の里~
「奥蓼科」
~静寂が支配する深い緑に包まれた、伝説の隠し湯の里~
 戦国の武将武田信玄が、傷兵を休ませる隠し湯として開いたと伝えられる、山あいの秘湯。八ヶ岳のふところ、渋川の渓谷沿いに重なる深い緑、静けさ。御射鹿池の神秘、おしどり隠しの滝の音色、湯みち観音の素朴さ。手でそっとすくいたくなるような、みずみずしい自然が魅力なスポットです。奥蓼科温泉郷のひっそりと佇む空間が人を魅了します。
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八ヶ岳
「八ヶ岳」~可憐な高山植物と原生林、憧憬をあつめて連なる名峰~
「八ヶ岳」
~可憐な高山植物と原生林、憧憬をあつめて連なる名峰~
 信州の山岳を代表する山岳美と、高山植物のお花畑が有名な八ヶ岳。主峰赤岳をピークに、権現岳、阿弥陀岳、横岳、硫黄岳、天狗岳など、3,000m級の峰々が自然を愛する人々を雄々しく迎え入れます。大自然の息吹につつまれ、雄大なパノラマが広がる頂に立てば、開放感いっぱいに感動ひとしお。一方北八ヶ岳は、幻想的な景色が魅力。空を描いた絵の具を溶いたような湖は、原生林に囲まれて点在し、八ヶ岳の魅力を高めています。
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縄文文化
「特別史跡 尖石遺跡」

「特別史跡 尖石遺跡」

 尖石遺跡は、縄文時代中期の代表的な遺跡です。昭和5年から発掘調査が行われ、多くの豪華な遺物とともに90軒近い住居址が発掘されました。縄文時代の学術研究の上で価値が高く、「特別史跡」に指定されています。史跡公園内には尖石縄文考古館が併設され、市内の遺跡から出土した遺物2,000点に加え、2体の国宝「土偶」(縄文のビーナスと仮面の女神)も展示されており、「縄文王国」の名にふさわしい当時の繁栄の姿をしのばせます。
国宝「土偶」(縄文のビーナス)

国宝「土偶」(縄文のビーナス)

 昭和61年に茅野市米沢の棚畑遺跡から発掘されました。本体の高さは27cm。土偶は壊された状態で見つかることが一般的ですが、この土偶は完全な形で埋められていました。今から約5000年前の縄文時代中期前半の土偶です。八ヶ岳山麓の土偶の特徴と造形美を合わせ持ち、縄文時代の精神文化を考えるためにも貴重な学術資料であることから、平成7年に国宝に指定されました。
国重要文化財「土偶」(仮面の女神)
国宝「土偶」(仮面の女神)
 平成12年に茅野市湖東の中ッ原遺跡から発掘されました。本体の高さ34cm。全身がほぼ完存する大型土偶です。顔に仮面をつけた姿を思わせる形であることから、一般に仮面土偶と呼ばれるタイプの土偶です。今から約4000年前の縄文時代後期前半に作られました。
この土偶は、平成26年に国宝に指定されました。
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地域伝統
「天然角寒天」
「天然角寒天」
 茅野市を中心とした地域で製造される特産品です。夜間-5度~-15度に下がり、日中は+5度から10度で、晴天の日が多く、湿度の少ない内陸的な気象条件のもと、清らかな地下水を利用して寒天が作られます。諏訪地方で寒天の製造が始まったのは、茅野市玉川が発祥の地で160年ほどの歴史があります。冬の高原地帯の寒気を利用した天然角寒天づくりは、長野県を代表とする地場産業であり、冬の風物詩。食物繊維含有率のナンバー1にランクされている寒天は、大腸ガンの予防にもつながるなど、健康食品として、ダイエット食品として注目を集めています。
「信州鋸」
「信州鋸」
 信州鋸は、伝統に基づいた手作りの鋸で、品質や耐久性に優れ品質と切れ味の良さにおいて全国的に有名です。その歴史は、今から200年ほど前の江戸時代、江戸で鋸鍛冶として名を知られた藤井甚九郎が高島藩の招きにより、諏訪に移住し、鋸の製造を始めたのが起こりで、甚九郎は信州鋸の元祖と云われています。
「上古田の火とぼし」

「上古田の火とぼし」

 上古田の火とぼしは、男の子どもたちによって伝承され、毎年6月18日と24日の夜間に小泉山で行われます。事前に小泉山の4か所に松の枝などで素朴な小屋を作り、子どもたちは松明を持って山に登り、小屋に火をつける。燃えている間中、子どもたちは炎に向かって「火とぼしチョーイチョイ」と繰り返し大声ではやしたてます。この行事は準備から後かたつけまで一切が子どもたちの手で行われます。
「どぶろく祭り」

「どぶろく祭り」

 どぶろく祭りは、御座石神社の神事で、うど祭りとも言います。古来より諏訪大社上社の年中行事に入っており、4月27日に行われます。必ずうどをどぶろくの粕であえて神前に供えます。仕込みは毎年本町区において輪番制で勤めています。神社の境内にどぶろく醸造倉があり、戦時中、アメリカの統制下でも、この祭りだけは特に許されるほどで、酒造り天下御免の「どぶろく祭り」として知られています。
「茅野どんばん」
「茅野どんばん」
 8月第一土曜日に行われる市民祭です。イベントや物産展などでにぎわう昼の部と、夜の踊りの部の二部構成で行われます。メインの踊りは、市内の区、自治会、会社やサークルなどが連を作りこぞって参加します。年々踊りの連も増え、色とりどりの法被やコスチュームも風物詩となっています。
「小津安二郎記念蓼科高原映画祭」
「小津安二郎記念蓼科高原映画祭」
 蓼科高原をこよなく愛した映画監督小津安二郎と脚本家野田高梧を記念した映画祭です。毎年、11月上旬に小津作品や小津映画の心である家族愛に満ちた国内外の作品を上映しています。小津監督ゆかりのゲストなども多く来場し、トークショーやパーティなどで観客とふれあいます。また、小津監督が仕事場として使った「無芸荘」は当時の面影を残して蓼科に保存されています。